医師の目・人の目認知症 第20.かつての体験が背景に
医師の目・人の目
「知ってますか?認知症 」パート20
公益法人認知症の人と家族の会・公益法人認知症の人と家族の会副代表
神奈川県支部代表・公益法人認知症グループホーム協会顧問
川崎幸(さいわい)病院 杉山孝博
共同通信社の配信で、下記の地方紙に平成21年4月以降1年間にわたって毎週連載されました。杉山先生の許可を得まして連載52回シリーズをお届けいたします。(高知、中国、埼玉、上毛、徳島、千葉、下野、佐賀、岐阜、新潟日報、山陰中央新報、山梨日日、宮崎日日、熊本日日中部経済、日本海、秋田魁新報、山形、愛媛、琉球などの新聞社から配信されました。
かつての体験が背景に
こだわり」への対応には「本人の過去を知り、こだわりの思いを理解する」という手もある。認知症の人の強いこだわりには、かつての体験が背景にある場合が少なくないからだ。ある特別養護老人ホームに施設内徘徊(はいかい)が止まらない二人の認知症の女性がいた。疲労を考えて職員が努力したが、徘徊が止まらなかったという。
家族に本人達の過去の体験を尋ねたところ、一人は昔ハイキングに行って子どもを山中に見失って必死に探しまわった経験があり、もう一人は終戦時、満州にいてかろうじて最後の引き揚げ列車に乗って内地に帰った体験を持っていた。つまり二人の女性の脳裏には「子どもを失なってしまう」「外地に取り残されてしまう」という思いが染みついていて、歩き続けないと気持ちが治まらないという状況をひきおこしているものと考えられた。
施設のスタッフがどのように対応したかは知らないが、お茶などを勧めながら当時の話をじっくり聞いて「心配でしたね。でも子どもさんが見つかってよかったですね」「着の身着のままだったのですか。大変でしたね。でも引き揚げ列車に乗れてよかったですね」と繰り返し話しかけることによって、徘徊が収まる場合がある。
「記憶を過去にさかのぼって失っていき、残った記憶の世界が本人にとって現在の世界である」という「記憶の逆行性喪失の特徴」を理解していれば、本人がこだわる理由や執着の度合いが分かるようになる。こだわりの理由を介護者が理解できれば、症状を受け入れやすくなるものである。
さて「症状は長期間続かないと割り切る」という対応法もある。金銭や物に対する執着のように「生存に直結する症状」は何年も続くことがある。しかし、一般的には、一つの症状は長く続かず、半年から1年ほどで、別の症状に変わっていくという特徴がある。けれども介護職や家族の中には「積極的な働き掛けけをしなくても症状が軽くなる」ということを信じられない人が多い。
そのような人たちに私が「1~2年前に困っていた症状は何ですか」と尋ねると、多くは現在困っている症状とは違った症状を答える。それを確認した上で、「1~2年前に困っていた症状は、今はないでしょう。同じように、現在の症状も、半年から一年ほどで、消えると思います。何年も続くと決めつけないで、、気楽に考えませんか」と話すと、安心した表情になる。
<ホーム長のつぶやき>
記憶の逆行性喪失体験は2人3脚でもよく見られます。今の歳は91歳ですが、彼にとっての歳は今31歳なのです。そのときの様子をリアルに表現され、我々スタッフもその時代にタイムスリップし彼の時代に合わせて対応しています。電車ではなく列車です。「大阪に帰らなければならないのでお金を貸してください。駅まで送ってほしい。お母さんに会いに行く」とスタッフを困らせます。
時々大阪の親戚にうその電話を掛けたりご家族(長男)に電話して電話口まで出てもらいます。「そうか、今日は無理か。仕方がない、明日帰ることにしよう。すみません今晩だけ泊めてもらえませんか」と大阪弁で聞いてきます。母は強し。いくつになってもお母さんに会いたいようです。「お父さん」という言葉を聞いたことがありません。母親から生まれたからでしょうか。
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