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2009年05月26日

若年性認知症本人が語る

若年性認知症本人が語る


「認知症を受け入れるということ」と題して5/20講演が行なわれ、そのときの講演内容を認知症の人と家族の会(すぎなの会)顧問の八木敬さんがまとめてくださり我々が作っている新聞ぽーれ・ぽーれの静岡版に掲載されました。


 その講演内容をブログを見ていただいている皆さんにお届けします。
佐野さん夫妻には、今回のお話をブログに載せることを許可していただきました。
心より感謝申し上げます。


石田 : 昨年12月に私たちの「認知症の人と家族の会」の集いに他の若年性認知症
      の人と参加され一緒にお話し合いをしたのが、最初の出会いでした。 
      先日も若年性認知症についての要望書を厚生労働大臣に手渡している
      様子がテレビ報道されていましたが、現在若年性認知症の人が全国に37000人
      いると言われています。

石田 : 光孝様、最初に自己紹介をお願いします。

光孝様 : 昭和23年8月7日生まれで60歳です。二人の子どもはそれぞれ独立して
     現在は妻と二人暮らしです。団塊の世代で36年勤めた会社を昨年定年退職しました。
     趣味はバイクと山登りです。
     現在は「まちづくりサロン宮」でボランティア活動しています。
     ガス会社に勤めていましたが、上司から間違いや物忘れを指摘され、
     病院で診察した結果認知症と診断されました。
     病院へは2年通っていますが悩みました。
     現役復帰できるように頑張っているところです。 

石田 : 奥様にお聞きしますが、一般的におかしいと思われてから認知症と診断されるまで
     2~3年経過していますがいかがでしたか。

明美様 : 本人が若年性認知症と診断された時にはびっくりしましたが、
     いとこの兄弟にお医者さんがいて、よい先生に出会えたのが良かったと思います。

石田 : 最初は鬱病と見なされがちですが、早期発見早期治療が大切です。
     認知症を理解してくれる友人がアドバイスして下さったとのことですが?

明美様 : 友達に相談してどうしたら良いか、主人と家族で話し合ってやってきました。
     その友達がいなかったら自分が鬱病になっていたと思います。

石田 : 光孝様、何が自分の ”脳” にとって良いと思いますか。
光孝様 : 脳の活性化であると思いますが,五感を活性化することです。
     見たり聞いたり考えたり食べることや体を動かすことなど生きる基本的なことです。

石田 : 五感を刺激することはどんなことですか。

光孝様 : 山に行ったりバイクで出掛けたり外に出ることは、
     方向感覚なども含めて様々な刺激になります。

石田 : 光孝様、ご自分の病気を理解していますか。また、
     脳トレのリハビリはどんなことをやっていますか。

光孝様 : 記憶力の低下が何故なのか、最初は理解できませんでしたが
     頑張ろうと思っています。
     脳トレは1週間に1回通っています。また、新聞の切り抜きは毎日しています。
     誤字をを見つけたり、漢字テスト10問やトランプゲーム
     数字カードで探すことなどをやっています。

石田 : 奥様、会社の上司が理解者とのことでしたが、ご自宅での気づきはいかがでしたか。

明美様: 上司に忘れ物が多くなってきたと言われ、脳神経科を受診
     して鬱病と診断されました。しかし、その上司の方がそれは違う、
     ということで先生と話し合って
     アルツハイマー病であることが確認されました。

石田 : 家族だけでなく会社ぐるみでの相談と対応が良かったと思います。     
     一人で抱え込まないことは大切なことです。
     若年性認知症の人本人が仕事をすることはとても大切ですが
     どのようなシステムがあれば仕事を続けられますか。

明美様: 主人+サポーターがあれば仕事を続けられると思いますが
     最近の厳しい状況の中で会社にはその余裕がないということで難しかったと思います。

石田 : 最近では少しづつですが、会社ぐるみで支えて行こうと言う状況も見られるように
     なってきましたが、難しいですね


明美様 :上司の理解により、有給休暇を使いきり、その後は傷病手当
     をもらいながら、1年間継続して会社に籍を置くことができました。 

石田 : 光孝様、ご自分の物忘れに気付き病気かなと思われたのはいつ頃でしたか。

光孝様 : 2~3年前から物忘れがちょくちょくあったり、日付の間違い
     などありましたが、自分で認めたのは、お医者さんから認知症であると告知
     されてからです。

明美様 : アルツハイマーと知らされてそのショックで泣きながら
      帰ってきました。

石田 : 光孝様、まだ車の運転をなさっているようですが、医師から車の運転は
     とめるように言われたときは車の運転は止めることができますか。

光孝様 : バイクで出掛けたり、車の運転は自分自身が癒されるから
     出来れば今後も続けたいが、止めろといわれればやむを得ないと思います。 

石田 : 奥様はどのように思いますか。

明美様 : 沼津の医師に相談して許可をもらっています。
     通院のときは私が横に乗って行っています。

石田 : 明美様、一般的に認知症を理解し受容するのに2~3年はかかると言われますが
     短期間に受容共感して、前向きな姿勢を身につけられたのは何でしょうか。
明美様 : 最初はマイナスイメージが強く、暗くなることが多かったのですが
     子供たちとも話し合い前向きに過ごすように心掛けました。     
     また、主人にも新たに役割を持たせるようにしました。

石田 : ご主人の役割はどんなことですか。

明美様 : 朝ご飯炊き、お掃除、洗濯物の取り入れ、私の送迎等です。

石田 : 役割を与えて共同している生活が素敵ですね。
     これからの生活について、経済的、精神的、健康的な
     不安があると思いますが、いかがでしょうか。

明美様  : 経済的には傷病手当は5月に終わりますので、年金を受給使用と思います
     障害年金の受給手続きをしているところです。健康面はもとから健康で
     今もお酒を飲んだり普通の生活をしています。
     将来は少しでも進行しないように努力したいと思います。

石田 : 光孝様、ボランティア活動の継続はいかがでしょうか。

光孝様 : 第3水曜日以外はボランティア活動をしています。
     富士宮市の観光ボランティアですが、お宮横町で富士宮焼きそばの
     案内等をやっています。今後も続けて生きたいと思っています。

石田 : お近くにいらっしゃった時はお声をかけてやって下さい。

石田 : 今、認知症でお困りの方が沢山おります。介護家族へのアドバイス
     と皆さんへのメッセージがありましたらお願いします。

明美様  : 認知症という病気になっても普通の人と同じであり、同じように
     生活して生きていることを理解してほしい。    


      認知症を受け入れ、後ろからそっと支えて頂ければと思います。

石田 : 若年性認知症の人が働ける場が必要です。
     介護保険事業施設でもお手伝いできるような仕事も考えていただきたいと思います。
 


     早期発見、早期治療が大切です。ご理解いただけたと思います。
    認知症という病気を理解すると共に、周囲の人々の連携対応
    が大切だと思います。

                                     2人3脚 石田


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