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2011年05月13日

空から見た2ヶ月後の被災地・静岡新聞夕刊記事から思うこと

「万全の備え」も無残に
           (H .23.5.12付けの静岡新聞夕刊記事より)


立花隆氏の空から見た2ヶ月後の被災地


私は長崎の爆心地で生まれた(原爆投下の5年前だが)。だからすべてが何もない焼け野原となった原爆投下後の原子野と呼ばれる光景が頭に焼き付いている。だが今回の大津波の後に広がる光景は、ヒロシマ、ナガサキよりすごいと思った。ヘリで上から見て強くそう感じた。一切が無に帰したガレキの山が、目路の限り続いている。ヒロシマにしてもナガサキにしても、完全な焼け野原になったのは、爆心地から数キロの中心部だけだ。しかし今回の大津波のガレキの山は、浦から浦へ何十キロ、何百キロも続いている。その破壊力の恐るべき大きさが、空から見て初めて分かった。





今回の大地震エネルギーで計算すると、ヒロシマ原爆3万2千発分にあたる。かつてこの世に存在した水爆50メガトン10発分にも相当するのだ。津波は地震エネルギーのわずか5%が波のエネルギーに転化しただけというが、それでも50メガトンの水爆を三陸海岸に次から次へ落としたに等しい光景を生んだ。





津波のもつエネルギーは波の高さ(水かさ)からは想像もできない破壊力をもつ。それは運動エネルギーによるもの(速度の2乗を乗じる)だからだ。その途方もない破壊力は、水爆に換算したときに初めて実感される。上空から被災地を見ると、地元では万全の備えと考えたに違いない備えと巨大な防波堤の数々が見るも無残に破壊された有様が目についた。





典型的なのがギネスブックに載った岩手県釜石市の湾口防波堤だ。それは1万5千トンにものぼる巨大なケーソン(鉄筋コンクリートの箱)沈めて並べた上に築かれた防波堤だ。出来上がりの写真を見てもすごいし、設計図を見るとさらにすごい。これができたときは釜石市民みんなが安心したに違いないと思う。しかし、それがあっさり破壊されて海の底に沈んでいる。





「万里の長城」と言われた岩手県宮古市田老の防波堤など名だたる防波堤、防波堤がいずれも残骸となって、あちこちに転がっていた。大自然の力に比べると、人間の知力、工作力はこれほど無力なものかと思った。驚くべきことには、防波堤は波高を考慮に入れても、波の破壊力(運動エネルギー)はほとんど考慮しないで造るという。その想像力の欠如にあぜんとした。




唯一慰めになったのは、岩手県普代村の15.5メートルの防波堤だ。地元では「そんなに高くしなくても」の声が上がったというが、これがあったおかげで、普代村に死者はなく行方不明者が一人で終わっている。しかし、ここも、破壊される寸前まで行き、水門は自動で動かなくなり、消防士が手動で閉めたという。





千年に一度の津波のエネルギーを考えたら、これ以上の被害が出なかったのが、不思議なくらいだ。防災プラン成功例と失敗例を徹底的に検証すべきだ。ハードとソフトの防災案をもう一工夫して、次は千年に一度の大津波でも必ずはね返すぞと決意しよう。








<ホーム長のつぶやき>


この記事を見たときしっかりと脳裏に焼きつけておこうと思いブログアップした。あの巨大なテトラポットも海の底にゴロゴロ沈んでいるし、想定外の津波の威力に愕然とした。テレビでも毎日のようにボランティアの方が働いている様子が放映されている。しかし、徐々にボランティアの人数も少なくなり困っているという。いま、大きな会社ではボランティア休暇を取っていただき、休暇期間中は給与保障をしてくれる。交替で休暇をとり活動しているところが増えてきた。





上記の記事から大規模な津波の被害が理解できた。テレビでも言っていたが、「頑張ってください」の言葉はいらない。「頑張っているのですね」と心の底から大変さを理解し少しでも早く復興できるように何らかの手をさしのべたり、一人ひとりの善意がプラスの効果を発揮できることが分かりました。静岡県でも人ごとではなく、未曾有の大災害が必ずやってきます。今からできる事を考えて、行政でできることは早急に取り組んでいただき、我々地域でできるところは今からでも津波対策を真剣に考え、地域の輪を強化していきましょう。






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